フレー二のボエームとスカラ座のダフ屋

初めてミラノに行ったのはバックパッカーのひとり旅でヨーロッパを周遊した時だった。

ひとり旅といっても行く先々で同様に旅をしている友達や、留学している友達に会うことになっていたから、本当に一人だったのは行き帰りの飛行機くらい。まだ若かったのでユースホステルに泊まったり、インフォメーションで安宿を探したりした。


まだインターネットもなく、日本からスカラ座のチケットを取りたくても手段は旅行会社か、手紙かしかない時代だった。


ミラノに着いて、宿をとったらまずスカラ座に向かった。その日の演目はミレッラ・フレーニが主役を歌うプッチーニ作曲、ラ・ボエーム。めちゃくちゃ人気公演で、チケットがあろうはずもなかった。だから公演ポスターだけでも拝もうと思ったのだ。


スカラ座の入り口にかけてあるポスターを見上げて歌手の名前を一心不乱に読んでいたら「チケット?」という声が聞こえた。

ダフ屋だった!ええ、まさか今日のオペラ?

イタリア語なんてわからないからまごついているとチケットを見せてくれた。何と今日の日付とボエームの演目名、GalleriaⅡという文字と席番号が書いてある!!

当時はユーロではなくイタリアリラで、額面は20万リラ、2000円くらい?それを70万リラで売ってやる、という話だったと思う。いやいや、日本でフレーニのボエームを観ようと思ったらS席7万円だもの、即決で言い値でチケットを買い、慌てて宿に戻ってこういう時のためにバックパックに入れていたワンピースとパンプスを取り出し着替えた。


GalleriaⅡというのは第2ガレリア、つまり天井桟敷である。ここは庶民の出入りする席なので、スカラ座の正面入り口ではなく、隣の博物館の質素な入り口から延々階段を登って行く。席は狭くて最後列は立ち見。上手下手舞台側だと見切れてしまって舞台は半分しか見えない。

ところが運のいいことに私の席は真正面、前から2列目だった。舞台後方は見えないものの、遠くで歌うフレーニは確認できた。

そして、その柔らかく温かい声は、弧を描いて遠い席までビームのようにやってきた!


改修前のスカラ座の客席にはふんだんにビロードが使われていたからか、音響はとてもデッドだった。天井桟敷だとなおさらで、声の芯しか届かない。だからCDで聴いたフレーニの声とあまりに違っていて驚いた。

でも、3幕のアリア、Donde Lieta を聴いた時、レガートで楽譜通りのシンプルさで、とても美しい音楽だ、と思った。アリアが終わったらガレリアの観客は沸き立った。フレーニ!フレーニ!拍手とともに名前を連呼!大歌手はこんな歓迎のされ方をするんだ。。何もかも新しい経験で刺激的だった。


夢のようなスカラ座との出会いで、ミラノの第一印象は最高だった!

 

これをきっかけに私はイタリアに通うことになるのですが、今思うとびっくり箱のような出来事だらけです。

色々なエピソードを思い出しながら都度投稿してみようと思います。