ムーティのイタリアオペラアカデミー報告⑥

6日目リハ最終日


さあ、ムーティが指揮台に立って、リゴレットの短いけれど衝撃的な序曲が始まった!

トランペットのpp、何という緊張感、そして音楽が生命を持った!

昨日までとは全く別物!違う曲??

ムーティの指揮は変幻自在だがとても分かりやすい。拍というよりはフレーズのアウフタクトを振ってくれる。しかも奏者に命令するのではなく、音がなってから次の拍までの道のりをフォローするゼスチャーになっている。オケは一人ぼっちで放り出されることなく常に指揮者に道のりを照らしてもらえるのだ。

 


これだけの経験を積んでいる指揮者なら、リゴレットなんてお手の物、いつものように振ればみんな大喜びだというのに、ムーティはこの機会にスコアをもう一度読み込んだいわば誰にとっても新しいリゴレットを指揮しようとしている…書いていないダイナミクスコントラバスに要求したり、テノールのアリアの4回のテヌートを全て違う長さにしたりするのはおそらく今回のアイデアだろう。

 


その真摯な姿勢をオーケストラ全員が感じて、全力で指揮に応えようとする。これはこの公演のためのオートクチュールな音楽、自分たちは誰も聞いたことのないリゴレットを演奏するのかもしれない!と音楽家のプライドをこれでもかとくすぐってくる。

午前中のリハ2時間半で2幕まで終了。

オーケストラという生き物がリゴレットのドラマを呼吸しているかのようになってきた!!

 


午後は3幕を2回通した。

男声合唱が入り、本当のTuttiになった。

 


ムーティは歌手にフルヴォイスで歌わないよう再三要求。

本番前になって、マエストロ、喉が疲れて声が出ません、というのだけはやめてくれ!

世の中にはリハーサルで常にフルヴォイスで歌うことを要求する指揮者もいるが、私は違う。歌とオーケストラのバランスの取り方は知っている、リハーサルでは声を抜いて構わない!

 


それでも歌手は大声で歌うのが大好きな生き物だから高音は抜いても中音の楽なところで感情を込めようと思うとどんどん声が大きくなっていく。その度にムーティ

Non ti stancare!!(疲れないように!)

と歌手にクギを刺す。

 


リハ最終日、もはや間違いは許されない。いつもの癖で音価を無視し適当に伸ばしてしまったテノールは何度か注意された後にTi uccido!(殺すぞ!)と凄まれて真っ青に。テノールはその後も一度間違えてしまい指揮台から回転椅子でくるっと回りながら指で撃たれた。みんなにはウケたけどムーティの目は笑っていなかった…

 


ジルダ役のソプラノ歌手は緊張からか長いフレーズで息が足りなくなることが何度もあった。ムーティはすぐにオケを止め、息が足りないならもう一つブレスを増やすんだ、ブレスの場所ほ個人的なものだ、構わない!とその度に言った。

 


3幕の四重唱、”Bella figlia dell’amore “(美しい愛の娘よ)とマントヴァ公爵のテノールがマッダレーナに向かって歌い始めるとフルート、オーボエファゴットがパッパッパ、と合いの手を入れる。ムーティはここで音楽を止めて、

この音について今までうまく説明できたことがない、と言い始めた。

イタリアでこの曲を使ったテレビCMがあるんだが、管の音でコメディアンが相方のほっぺたを音に合わせてひっぱたくんだ。

そんな感じなんだ、美しい愛の娘だなんて、本当じゃないんだ…

一度やってみよう、とその部分の管だけ取り出して指揮したものの、やはりうまくいかなかったらしい、結局あきらめて先へ進んだ。

 


その時だったか別の時だったか忘れてしまったが、ムーティは悩ましい音作りについて、

私が死んだらヴェルディに直接きいてみようかな、とつぶやいた。

 


2回目の3幕は歌手も明日の本番に向けて感情移入し、オーケストラも安定して素晴らしいスペクタクルとなった。

そして予定時間よりかなり早くリハーサルは終了した。

 


リハーサルを聴講した5日間、たくさんの発見がありました。ムーティの指揮、オーケストラへの指示、時間の管理、本番に向ける集中力のコントロール、音楽家達とのコミュニケーション、何もかもが一流で、学ぶべきことだらけでした。

貴重な教えを直接受けた4人の若手指揮者、そして素晴らしい響きを奏でムーティの音楽を実現させたオーケストラの奏者、ムーティの要求に見事に応えたプロフェッショナルな歌手たちの、これからの活躍を願って止みません。