椿姫リブレット考④

2幕1場 ジェルモンとヴィオレッタの二重唱その2


ジェルモンのセリフは実に辛辣です。

ジェルモンはヴィオレッタが若いので病気だとは信じません。


「犠牲は重いが、あなたはまだ若くて美しいのだから、時間とともに。。(忘れて新しい愛に巡り会うだろう)」

 


しかし病に侵されているヴィオレッタには残された時間はわずかしかないのです。

 


「私には無理、アルフレードだけを愛したいの」

 


という答えに、なんとジェルモンは

 


「そうだとしても、男の気が変わることもある。」

 


ヴィオレッタへの攻撃の手を緩めません。

ヴィオレッタはショックで Gran Dio! と打ちのめされるのです。

 


重々しいジェルモンの独白は続きます。

 


「いつか時間が経ってお互いに飽きたりうんざりしてきたりしたら、どうなるか考えてみなさい

どんなに甘い気持ちも薬にはならない、なぜなら、この結婚(ヴィオレッタとアルフレードの関係)は神から祝福されていないから。

そんな誘惑にかられる夢物語は忘れて、私の家族を慰める天使になってください。

ヴィオレッタ、どうか考えて、まだ間に合います。

神が娘の両親にこの言葉を言わせているのです。」

 


ヴィオレッタの絶望は独り言として歌われます

 


(Cosi’alla misera~ch’e’un di’caduta

   di piu’risorgere~speranza e’muta!…

   Se pur benefico~le indugia Iddio,

   L’uomo implacabile~per lei sara’…)

 


(こんなにも一度落ちた女がもう一度這い上がるのは希望のないことなのか、たとえ神が許してくれても、人間が彼女を決して許してはくれないだろう。。)

 


5音節2回で1行になっているのですが、注目すべきは前半部分のアクセント、sdrucciolaといって後ろから3番目の音節にアクセントが付いている言葉をあえて採用しています(イタリア語は通常後ろから2番目の音節にアクセントがつく)。

例えばmiseraならmiが長くてミーゼラという読み方になり、音楽的にはどうなるかというと、ゼラの部分は付点が付いてマイナーなアクセントをつけた感じにしないと言葉に沿った音楽にならいそうです。ミーーゼーラという感じでしょうか。

 


この後の部分、面白いことにジェルモンのセリフもまたsdrucciolaで書かれているのです。

 


Si’,piangi,o misera…~ supremo,il veggo,

e’il sacrifizio ~ ch’or io ti chieggo…

Sento nell’anima ~ già le tue pene…

che a lei il sacrifica ~ e che morra’!

 


ヴィオレッタへの同情から同じリズムを刻むように、後ろから3番目のアクセントを採用したのです。

ところが、ヴェルディはここでも音楽でジェルモンの本音を描きます。

ジェルモンは付点をつけて歌うsdrucciolaのリズムを守らないで、同じmiseraという単語をミゼラと全て同じ音価で歌うのです。

言葉をヴィオレッタに合わせているだけで、本当に同情しているわけではないのが、固いリズムの音楽からわかるように作曲しているのです。

 


この部分終わると、台本ではSilenzio (静寂)と書かれており、音楽では休符の上にフェルマータが書かれています。

二人は決して分かり合うことはないのです。